CCPD ライブラリー
2011年11月6日 22時27分 (Sun)
ミラー コンチェルト a-moll
( ミラー )
教会のオルガン奏者で聖歌隊のディレクターでもあったミラーは、たくさんのピアノ曲・声楽曲・コーラス曲などを作曲しています。
このコンチェルトは、1997年に学生の為のコンチェルトを…、と委託されて書いたもので、親しみやすく洗練された響きは心を和ませます
とてもロマンティックな美しい曲なのです。
しかしながらミラー氏について検索をかけてみると楽譜も見かけましたし、
『くるみ割り人形』の2台8手版の編曲をされているらしく、楽譜がありました
よ〜
concert #1 In A Minor

Peter Ilich Tchaikovsky; Beatrice A Miller
2011年10月17日 22時51分 (Mon)
パガニーニの主題によるラプソディー
(ラフマニノフ 1873 - 1943)
ルツェルンで作曲されたラフマニノフ後期の作品で、内容的にはピアノコンチェルトである。
この曲の主題はパガニーニの24のカプリス(無伴奏ヴァイオリン曲)の第24曲からとられたもので、序奏と24の変奏曲、そしてコーダからなっている。
ラプソディーとは抒情的・英雄的・民族的な色彩をもつ自由なファンタジーをいう。
今日はこの中より、ピアノアンサンブルの特に美しい部分を抜粋してみました。
ロシア革命の混乱の最中に母国を離れたラフマニノフは、帰国することもかなわずアメリカ合衆国でピアニストとしての生活を送るようになった。
加えてロシアを離れたことで母国を喪失したという思いも強く、想像力の枯渇を感じるなどして作曲にはなかなか取り組めなかったという。
そんな中、1931年に夏の休暇を過ごすためにスイスのルツェルン湖畔に建てた別荘で1934年6月3日に作曲を開始し、同年8月18日に仕上げられたのがこの曲である。
初演は1934年11月7日、ボルチモアにてラフマニノフのピアノ独奏、ストコフスキー指揮、フィラデルフィア管弦楽団により行われた。
後にこの作品はミハイル・フォーキンによってバレエ化された。
その際ラフマニノフはフォーキンに「超絶技巧と引き換えに悪魔に魂を売ったと噂されたニコロ・パガニーニの伝説を筋立てとして利用してはどうか」という提言をしている。
※パガニーニは、悪魔憑き疑惑がささやかれるほどの 超絶技巧ヴァイオリニスト。

主題はパガニーニのヴァイオリン曲『24の奇想曲』の第24番「主題と変奏」の「主題」を用いている。
すなわち、パガニーニと同じ主題を使って別の変奏を試みているのである
そして18番目にあたるのがこの曲です。

プッチーニの誰も寝てはならぬと同様フィギュアスケートの荒川選手の起用曲として有名になりました。
下は パガニーニ 24のカプリース自筆譜

2011年10月3日 23時23分 (Mon)
ルトスワフスキ
パガニーニの主題による変奏曲
(ルトスワフスキ 1913 - 1994)
「パガニーニの主題による〜」というタイトルの曲は、ラフマニノフ以外にも何人もの作曲家たちが作っています。
パガニーニが作曲した「カプリース」と言われる中から、第24番の有名なテーマを基に作られているのです。
この第24番自体も変奏曲の形式で書かれていて、ルトスワフスキのこの曲は、ヴァイオリンソロのものを2台ピアノ用に編曲したようなところがあると言われています。
12の変奏曲とコーダから構成されていて、テーマは現代的・前衛的に展開されていきます。
この曲はワルシャワのカフェで初演されたという一面もあるらしく、ジャズ風のリズムを感じさせる部分もあります。
彼のピアノ曲の中でもっともよく知られている作品で、2台のピアノのためのレパートリーとしてもすっかり定着しています。
と、パガニーニのカプリースについては次回ご紹介しましょう…。

ヴィトルト・ルトスワフスキ(Witold Lutosławski, 1913 - 1994)
ポーランドを代表する作曲家、ピアニスト
モバイル音楽辞典より
ワルシャワ大で数学を専攻。その後、1932年よりワルシャワ音楽院で作曲とピアノを学び、ピアニストとして活動。
その後作曲に重きを置くようになり、自作の指揮をするようになるにつれ、指揮者としても活躍した。
2次大戦前、そして戦後のポーランドにおいて創作活動が抑圧された10年程、またその後、作風は時代によって変わる。初期は新古典的だったが、次第に調性から離れ、偶然性の技法へと進んだ。
声楽関係では、テクストはフランス語を好む。1959、73年、作曲家同盟賞、1964年クーセヴィツキー賞、
1971年ラヴェル賞。欧米各国の音楽大学で教え、スウェーデン・米・独・英の科学アカデミー会員。
代表作:
◆管弦楽曲
交響曲 第1〜3番
ヴェネツィアの遊び
人々に平和を
オーケストラのための2重フーガ
交響変奏曲
ミ・パルティ
◆協奏曲
チェロ協奏曲(ロストロポーヴィチに献呈)
ピアノ協奏曲
◆室内楽曲
オーボエとピアノのための「墓碑銘」
◆ピアノ
ソナタ
パガニーニの主題による変奏曲
牧歌集
民謡集
3つの子供の歌
◆声楽
女声合唱とピアノのための「5つのメロディ」
合唱と器楽アンサンブルのための「アンリ・ミショーの3つの詩」
テノールとオーケストラのための「織り込まれた言葉」
バリトンとオーケストラのための「眠りの空間」(ディスカウに献呈)
2011年9月13日 23時02分 (Tue)
ミョーの作品
(ミョー 1892-1974)
スカラムチア(こぜりあいの意)にひっかけられている。
この曲は、2台ピアノの作品の中でもとくに有名な人気のある傑作である。
1楽章:ハ長調 Vif
活気と輝きに溢れ、強烈なリズムに満ちた曲。
2楽章:変ロ長調 Modere
ジャズブルースの雰囲気。ゆったりとした旋律が楽しい中間部は繊細、優雅でフォーレを思わせる。
3楽章:ブラジレイラ ヘ長調 Mouv de Samba
沸き立つような強烈なリズムとおおらかで楽しい南国的な旋律、原色的な
色彩感とピアニスティックで華麗な演奏効果を備えた曲。
1926年撮影
ダリウス・ミヨー(Darius Milhaud, 1892 - 19742)
南フランス、プロヴァンス地方のエクス=アン=プロヴァンスに生まれ、スイスのジュネーヴで没した。第二次世界大戦期以降はアメリカでも活動した。
生まれつき小児麻痺を患っていたため、車椅子を使う機会が多かった。
1920年代以降はリウマチにも悩んでいた。
作曲意欲は旺盛で、様々な楽器編成を試みたり、タンゴやジャズにも影響を受けたりした。また映画音楽にも筆を染め、創作活動は亡くなるまでその衰えを見せなかった。
ウィキペイディア フリー百科事典より
パリ音楽院に入学後は、頻繁に演奏会に通い、モーリス・ラヴェルの『夜のガスパール』初演や、発足まもないバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)の公演などに刺激を受けた。
ドビュッシーやムソルグスキーに傾倒したという。
その一方で生涯「反ワーグナー」の姿勢をとった。
弦楽四重奏曲18曲、交響曲12曲、室内交響曲6曲、ピアノ協奏曲5曲、ヴァイオリン協奏曲3曲、その他膨大な作品がある。
その他のピアノデュオ作品
2台のピアノのための協奏曲 Op.228
2台のピアノと管弦楽のための組曲 Op.300
スカラムーシュ Op.165b(2台ピアノ)
屋根の上の牛Op.58
子供たち
世界の創造Op.81
エクスの謝肉祭Op.83b
ファンタジー・パストラル
リベルタドーラ
夢Op.237
などがある。
2011年9月5日 23時28分 (Mon)
ラフマニノフのデュオ曲
「組曲第二番」より「タランテラ」
(ラフマニノフ 1873 - 1943)
二台ピアノ作品の最高峰といわれる彼の組曲。第一番と第二番があり、
この曲は後者の4曲中最後の曲。
切迫した序奏のあとに現れる、リズミックな第一主題は、イタリアの民謡に
基づく。第二主題はアクロバティックな舞曲的性格を持つ東洋風なもの。
募進するリズムと豪快な響きに満ちた、名技的な迫力ある一曲である。
“タランテラ”とは、毒グモ“タランチュラ”からとられているとも言われ、
毒グモが狂い踊る様を描いているとも取れる。
カシュ・カシュピアノデュオ2nd.コンサートより
私は、カシュカシュのコンサートではこのタランテラのみを取り上げて演奏しましたが、
平成3年の“橘高校音楽科同窓生による第2回ジョイントコンサート”
平成5年の“第13回八十の会”
では『ロマンス』『タランテラ』の2曲を演奏する機会がありました。
実に抒情的なロマンスとテンポの速いタランテラは本当に難しい曲です…。
・・・がしかし、2台ピアノ作品最高峰!
と言われるだけの素晴らしいものです。
今後機会があったなら、もう一度弾いてみたい曲なのです。

セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフ
1873 - 1943
ロシアの作曲家、ピアニスト
家庭教師が彼の音楽の才能に気がつき、彼のためにペテルブルクから呼び寄せられた教師にピアノのレッスンを受けた。
経済的に破綻した家族は、彼が9歳の時にペテルブルクに移住したが、まもなく両親は離婚した。
しかし彼の音楽の才能が認められ、奨学金を得てペテルブルク音楽院の幼年クラスに入学することができた。
その後モスクワ音楽院に移り、ニコライ・ズヴェーレフの家に寄宿しながらピアノを学ぶことになったのだそうだ。
音楽院ピアノ科ではスクリャービンと同級であり、共に主席で卒業している。
作曲も学び、ピアノ協奏曲第1番やこの頃(1892)に 歌劇『アレコ』前奏曲嬰ハ短調などを完成させた。
この前奏曲は熱狂的な人気を獲得し、ラフマニノフの代名詞的な存在になった。
彼の身長は2メートルもあり、大きなな手だったので、12度の音程を左手で押さえることができたそうだ。
チャイコフスキーを熱烈に崇拝していた彼は、2台のピアノのための組曲第1番『幻想的絵画』作品5をチャイコフスキーに献呈した。
1893年にチャイコフスキーが急逝すると、追悼のために悲しみの三重奏曲第2番を作曲している。
2台のピアノのための作品
組曲第1番『幻想的絵画』作品5(1893年)
組曲第2番作品17(1901年)
ロシア狂詩曲
前奏曲Op.3-2
幻想曲Op.7
イタリアンポルカ
など。
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- “カシュ・カシュピアノデュオ研究会”は県東部在住のピアニスト8人からなり、富士市ロゼシアターにてコンサート活動を行っています。

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